プライマリケア

日本ならではの環境

日本でプライマリケアが見直されている背景

プライマリケア制度を整備することは、途上国だけではなく多くの先進国で費用対効果の高い医療制度改革の要となっています。オバマ前大統領政権が行ったアメリカの医療制度改革も、プライマリケア制度を整備する改革として捉えられます。

一般的に、プライマリケアを推進することは、費用対効果に秀でるだけではなく、包括性や継続性にも優れ、よりよい保健医療制度の実現に近づきます。

日本におけるプライマリケアの現状はどうでしょうか?

日本のプライマリケアは、大病院の外来、地域に密着した中小病院の外来、診療所が担っている。
日本で医療を必要とする疾病の多くは生活習慣病、慢性疾病です。高齢者は多くの疾病を抱えていますが、それぞれの専門医に自身の判断で受診する傾向も強く、結果として、外来の受診回数が多くなり、検査や投薬を重複して受ける人が多くなっています。

これは高齢者に限ったことではありません。
複数の疾病を持った患者であれば、包括的に継続的にケアを提供する重要性は変わりません。
また、心のケアを必要とする人も、プライマリケアの専門医に継続的に気持ちや家族の事情、地域的な特性を考慮して、エビデンスに基づいて治療をするプライマリケアの専門医による診察で症状がよくなることがEUの調査ではわかっています。
そして、がん検診率の低さが日本では問題になっていますが、小児の予防接種と同様に、プライマリケアの診療所が管理し、必要な健診率が上がるのではないかという指摘もなされています。

日本では一般的な家庭医の制度の整備がこれまで十分に進まず、諸外国からおくれること数十年、2018年から新しい専門医制度として、総合診療専門医というプライマリケア専門医の育成が始まっています。しかし。その重要性を理解している人は、医療関係者でもごく少数といわれています。かかりつけ医という言葉はあっても、ゲートキーパー機能を果たす家庭医のように、振り分ける役割をはたしていません。紹介状がなくとも大病院を受診できます。

ゲートキーパー機能はプライマリケアの概念で重要だと考えられます。多くの国でゲートキーパー機能が採用されていますが、フランス、ベルギー、韓国では日本同様にゲートキーパー機能を採用していません。ゲートキーパー機能は国民皆保険や現物給付方式と並んで、日本の医療保障を支える重要な概念であるフリーアクセスと密接に絡んでいます。
日本は、フリーアクセスを採用しており紹介なしで患者がどの医療機関も受診可能です。これがゲートキーパー機能を採用することが困難な要因の一つでしょう。日本では医療制度改革の目的が、往々にして個々の病院や診療所の経営安定を目指すものになりがちです。プライマリケアが本来目指すのは、地域住民の健康管理に責任を持つ医療制度の構築だといわれています。

ところでプライマリケアとは何でしょうか?

プライマリケアとは?

プライマリケアにはいくつかの定義が存在しています。

患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである

米国科学アカデミー医学部門(1996年)

プライマリケアは、ケアやゲートキーパー以上の役目であり、最初の第一線としてアクセスされ、継続的・統合的に調合されたケアを提供する保健制度の中心的な役割である。必要とされた際の第一線コンサルタントであり、短期の疾病に限らず個人の長期的な保健状態を診る

世界保健機構(WHO)

患者が抱えるさまざまな問題に対処し、継続的なパートナーシップとなることで、家族および地域という枠組みのなかで責任をもって診療する臨床医によって提供されるヘルスケアサービスのことである。プライマリ・ケアの原則として、”ACCCA”という理念が挙げられる。

ACCCA
かかりやすさを示す近接性(Accessibility)
すべての訴えや問題に対応する包括性(Comprehensiveness)
チーム医療や住民と協力していく協調性(Coordination)
揺り籠から墓場までかかわる継続性(Continuity)
十分な説明や意思疎通を行う責任性(Accountability)

月刊ザ・クインテッセンス

ACCCA
近接性は一口に「かかりやすさ」を追求した最も重要な特徴の一つで、「地理的」「経済的」「時間的」「精神的」の4つの面があげられます。文字通り「地理的」に近く足を運びやすいことは地域の医療機関にとって不可欠で、「かかりやすさ」のもっとも大きな要素といえます。高齢社会を迎えた現在、高齢者や障害を持つ人たちにも安心して受診してもらえるようなバリアフリーを目指すことも重要な視点かもしれません。また、受診する際、支払いについてある程度予測が立つこともかかりやすい一面といえます。そもそもプライマリケアの現場で支払いに戸惑うほど高額な検査や治療は行われていませんが、それだけではなく、様々な社会福祉的なサービスの利用をしやすい点も「経済的」なかかりやすさを追求したものといえます。さらに、夜間の発熱など、突然の症状にも対応することは日常的な医療として提供されるべきサービスであり、「時間的」なかかりやすさを目指すことも求められています。多くの人たちにとってはじめて医療機関を受診し、身体の問題を相談するということは勇気のいることかもしれません。行き届いた声かけや配慮など、気軽に利用することができる身近な医療機関を追求していくことが求められているでしょう。

包括性は「すべての訴えや問題にも対応する」ことですが、日常的な問題について、性別や年齢、臓器にとらわれることなく診療を行うことがあげられます。またワクチン接種をはじめ、疾病の生じる前の段階に予防的な取り組みを行うことも大きな役割の一つだといえます。適切な予防が行われた場合、疾病の発生や重症化を抑えることが期待されます.また増大する医療費を抑制することもできます。一方、認知症や後遺症など日常的な障害がある場合も、リハビリテーションや生活援助など、よりよく生活するための介入を行い、疾病や障害と上手く付き合っていくことも重要な視点であると思われます。

「協調性」は『チーム医療を展開すること』にはじまり、『他の医療機関と連携したり社会資源を適宜バランスよく用いること』や、『地域住民と協力して健康問題に取り組んでいくこと』など、幅広い概念を含んだものだといえます。医療者としての「責任性」はプライマリ・ケアに限ったことではありませんが、『充分な説明の中で受療者との意思疎通を行うこと』や、『医療内容の質の維持、見直し』はもちろんのこと、『プライマリ・ケアに関わる医療者の生涯教育や、今後、プライマリ・ケアの現場に出る医療者の後進育成』についても責任をもって実践していくことが今後もより一層求められているといえます。

医療、福祉、介護、保健を提供し続けていくこと(「継続性」)がプライマリ・ケアの根幹をなす部分だといえます。

日本プライマリ・ケア連合会

プライマリヘルスケア (PHC) とは、実践的で、科学的に有効で、社会に受容されうる手段と技術に基づいた、欠くことのできないヘルスケアのことである。
これは、自助と自己決定の精神に則り、地域社会または国家が開発の程度に応じて負担可能な費用の範囲で、地域社会の全ての個人や家族の全面的な参加があって、はじめて広く享受できうるものとなる。
PHCは、国家の保健システムの中心的機能と主要な部分を構成するが、保健システムだけでなく、地域社会の全体的な社会経済開発の一部でもある。PHCは、国家保健システムと個人、家族、地域社会とが最初に接するレベルであって、人々が生活し労働する場所になるべく接近して保健サービスを提供する、継続的な保健活動の過程の第一段階を構成する。

Alma-Ata宣言

いつでもどこでも誰もが質の高い医療を受けられる仕組みをつくることは大変重要です。そのためにプライマリケアは重要な役割を担っています。

プライマリケアの現場と一般的な課題

見てきたようにプライマリケアには様々な定義が存在しています。
共通しているのは、最初に触れる医師、もしくは一番近いところで診る医師、そしてその周囲の看護師、保健師、介護士など関与する人たちの重要性を指摘しているように思います。
さらに別の視点から、在宅・訪問、救急とざっくりと捉えることでプライマリケアをより具体でイメージできると考えます。

種類別

在宅(往診・訪問)

患者が自宅で受ける医療。在宅は往診と訪問診療に分けられます。
往診は予定外に自宅などの医師が赴いて行う診療。訪問は定期的に、診療計画を立てて自宅に赴いて行う診療です。
在宅医療には、医師、歯科医師、訪問看護師、薬剤師、栄養士、理学療法士、介護保険を利用する場合にはケアマネージャー、ホームヘルパーも関わっています。

医師が定期的に在宅患者の疾患の状態を見て、診断や治療を行い、訪問看護師が実際のケアを提供する役割を担っています。

救急

日本は救急車の出動件数が多いことでも知られています。これは、ヘルスリテラシーの低さが影響していると指摘する研究者も存在します。

また、救命救急士が果たす役割を拡大し、医師の負担を軽減しようという動きも出ています。

分野別

医療

日本では開業医がプライマリケアの整備にあたって、その役割を担っていくものと想定されます。しかし、開業医の多くは専門医としての訓練を受け、病院での勤務を経て開業に至っています。家庭医としての専門性が蓄積されているわけではありません。ゲートキーパーとしての機能を持たせるには、必要な能力の構築やこれをサポートするガイドラインの整備などは課題です。

介護

診療所と病院、病院と病院をつなぐだけではなく、
つまり医療機関だけではなく介護施設などの施設やとも連携が必要です。その地域に存在する医療資源を最大限活用することにつながります。

福祉

保健

利用者の恩恵(個人的に思うこと)


冒頭で記載したように、プライマリケアの浸透は、医療費の増大を抑制するだけではなく、本来の意義のとおり、地域住民の健康度を向上させます。特に、重複した症状を持たれた方(高齢者に多いが、それだけではなく)、ストレスや心の病で悩む方にとっては、恩恵が大きそうです。

また、個人的に思うのは、専門家と近接性や継続性、包括性などのプライマリケアの要素をもって関与できることは、利用者のヘルスリテラシーを向上させる?のではないかと思います。どうしても、医療資源は限られますので、健康的な人にその資源をあてるのは賢明ではありません。タスクシフティングなどのやり方はあるのでしょうが、ヘルスリテラシーの向上という領域においても、プライマリケアの浸透は興味深いものです。

市場の歪みとプライマリケア

経済学的

プリンシパルエージェントモデル、情報の非対称性がプライマリケアにおいて重要だと考えられます

患者にとって、信頼できる医師に常に頼れる状況においては、情報の非対称性が次第に(当然限界はありながらも)狭められ、少なくとも自身の心身の状態は医学的な観点からもよく認知できるようになるはずです。

何か病気になったときに、専門家を探してアクセスするならば、その専門家との情報格差(医学的な知識も、その患者の家庭環境なども)は大きいはずです。決して専門家ではないにせよ、幅広い診療を扱える家庭医であれば、必要十分な医学的な情報が得れるかもしれません。その後、専門医に頼ればいいはずです。

プライマリケアの下では、この情報の非対称性がいくばくか解消されるはずです。
むしろ、その情報の非対称性が少なくなるように、周辺サービスを整えなければなりません。そうすることで、患者のヘルスルイテラシーも高まり社会的な正の外部性は計り知れないものになるのではないでしょうか。週に1-2回訪問する看護師が得た患者情報を患者やその家族に還元することはとても重要なことではないでしょうか。

ただ、信頼できない医師が担当医であれば、セカンドオピニオンの機能を充実させる必要性が出てくるのかもしれません。この件はまた次の機会に。

政治学的

経路依存により確立された日本のプライマリケア

倫理学

限りあるプライマリ資源の分配

ロールズの正義論